「自分の近未来ビジョンを描く」~X年後のSEOYグランプリ受賞スピーチ作成~

201X年、あなたの活動、功績が認められ、あなたはSEOY日本プログラムに、グランプリ受賞者として壇上に立ちスピーチをすることになりました。
その場面を想像し、スピーチ原稿を作成してください。

 

 

小野寺美厚:

私の活動は、障がいを持って生れてきた双子の息子たちに「親なき後もずっと幸せに生きてほしい」という思いから始まりました。息子たちが生まれた平成4年当時は、障がい者の社会参加は理念としては浸透していても、地域でありのままを認め合う「共生、共助」の取り組みは活発ではありませんでした。療育者と呼ばれる先生でさえ「子供のために、静かに暮らすほうがいい」と言っていた時代でした。子供が幼少期の頃、一緒に通っていた母子通所施設での勉強会では、毎回、母親たちは泣いていました。涙の理由は小学校へ入学と同時にこの施設も卒園になる。その後、子供とどうやって地域で生きていけば良いのかという不安からのものでした。その時の療育者の言葉は「分かりません」の一言で終わってしまいました。なんとも縦割り式で、当時の国の取り組みを象徴するような答えにも私には聞こえました。

平成18年に障がい者自立支援法が施工されました。しかし「自立」という表現とは裏腹に、この国は長い間障がいのある人たちを「排除」し、人的資源と認めてこなかった歴史があります。この国の社会福祉の構造そのものを課題とし、私は怒りをパワーに変え、仲間たちと共に、国や行政に頼ることなく、自分たちの力で課題解決をしてきました。

私の理念に共鳴し、賛同してくれるたくさんの仲間達との出会いは、とても「感謝」や「ありがとう」という言葉だけでは言い表せない深い思いがあります。また、生まれ変わっても出逢いたい人達です。

人は皆、幸せになれる。産業社会における日本は、資源の乏しい国と言われていますが、社会資源は豊富にあると思います。人も資源です。「障がいがあっても地域の中で自分らしく、楽しく、安心して暮らせる社会」これは、障がい者だけの事ではなく、年を取ってゆくすべての人達の願いでもあります。だれもがまちづくりの主役になれる幸せを、これからもたくさん形にしていきながら、イノベーションを発揮していきたいと思います。

本日は誠にありがとうございました。

 


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