「自分の近未来ビジョンを描く」~X年後のSEOYグランプリ受賞スピーチ作成~

201X年、あなたの活動、功績が認められ、あなたはSEOY日本プログラムに、グランプリ受賞者として壇上に立ちスピーチをすることになりました。
その場面を想像し、スピーチ原稿を作成してください。


 

武藤真祐:

このたびは、このような光栄な賞を賜りましたこと、応援してくださった皆さまに、心から感謝申し上げます。

私が医師を志したのは6歳の時、野口英世の伝記を読み「私も困っている人を『祐(たすける)』ことに一生を捧げたい」と思ったことに遡ります。その思いのまま医師となり、循環器内科医としていくつもの命を救い得たやりがいがある日々を送りました。しかし社会を見れば、世界に類を見ない未曾有の高齢社会化は刻々と進行しています。起こり得る社会変化を考えると何とかしなければならないとの強い危機感を持ちました。医師という専門性を持って、この課題解決にできる貢献は何かを考えたとき、医師は臨床や研究の担い手であるだけでなく、もっと広義の社会的役割を持ち、価値を創出しうる存在であるとの思いに至りました。

やるならば「社会が一番困っていることに取り組もう」、私はそう考えました。そして、選択したのが在宅医療です。在宅医療専門の診療所「祐ホームクリニック」を設立以来、私たちは、真に患者さんが安心してその人らしい人生を送ることができるよう、誠心誠意、医療専門職としての知識・技術の提供と、ホスピタリティあふれるヒューマンサービスの実践に努めました。また、地域の医療・介護に携わる方々とのネットワークを大切にした組織作りや共に学び合う工夫をしてまいりました。その結果、大変なスピードで、組織は成長していきました。24時間365日対応は心身ともに大変でしたが、地域に支持されているのを実感し、充実した日々でありました。

しかし、私の目標は社会の課題解決であり、そのための取り組みを緩めるわけにはいきません。この在宅医療の機能で社会課題を解決しなければならないとの使命感は、常に胸にありました。 高齢者医療に取り組む中で目の当たりにしたのは、社会的に孤立した高齢者の姿です。特に、都市部のそれは深刻でした。身体機能が落ちた高齢者は、一日中ベッドの上で誰とも会話しない、いわゆる「社会的孤立」状態です。それがさらに身体・認知機能の低下を招き、さらに社会的孤立を深刻化させ、ひいては孤独死という「悪循環」が、そこには存在しました。さらに、孤立した高齢者は「寂しく痛ましい存在」として社会に捉えられ、次世代の人々の将来への不安と悲観となっていることが、日本の将来への希望に大きな影を落としているということに気がつきました。「何とかしなければならない」、私はそう思いました。 そして、この問題の解決に必要なものを「人と社会との絆」であると設定し、私は「一人ひとりと社会が繋がり、お互いを支え合う地域社会(コミュニティ)の構築」に人生をかけることを決めました。地域コミュニティにおいて高齢者が豊かな人間関係を築き、最期まで心に人の温もりがあることが、高齢者の尊厳ある人生の全うを支える基盤なると思いました。そしてそのことが、高齢者本人のみならず、次世代の人々が安心して年を重ねることができる社会、希望ある未来を思い描くことができる社会の礎になると思ったのです。

それからというもの、私は地域の医療・介護事業者のみならず、高齢者の生活に欠かせない「住まい」「食事」「金融」「法律」などの企業や専門家に仲間になってもらいました。さらに、世代を超えた交流のために地域の学生や児童の方々に仲間になってもらいました。行政の方々とも連携しました。これらの活動を有機的に動かすための、ITシステムやコールセンターも、企業の方々と連携をして作りました。 そして、今の姿となりました。今では、地域の在宅医療・介護事業者は以前にもまして密度濃いヒューマンケアの実践ができています。これは、ITシステムでそれぞれの業務の効率化が図られ、またネットワーク化されたことにより患者さんの情報が圧倒的に充実したからです。また、医療・介護を中心に、高齢者に必要なサービスがワンストップで提供できる体制となりました。それも、高齢者それぞれの自宅・自室からワンタッチボタンで、TV画面に映る笑顔と温かい人の声を聞きながら、サービス提供を受けることができます。このようなバーチャルサービスも、日頃のリアルなヒューマンケアサービスの上であるからこそ成り立つものであり、やはり人との絆こそが、人の生きる営みの基本インフラであることをつくづく感じます。 さらには、この地域でのクロスジェネレーションな交流が産まれました。最初は、高齢者に学生や児童がTVを通じて呼び掛ける、という試みをしていたのです。それが、学生や児童が「会いたい」と言い始め、ボランティア自宅訪問を行うようになりました。今では、区の施設にボランティアの拠点ができ、児童が高齢者への手紙を書いたり自宅TVを介して交流ができるようになりました。高齢者の自室には児童から送られた絵が飾られ、これまではひげを剃ることも着替えることもしなかった人が、身ぎれいにして、児童と話をするのを楽しみにするようになったのです。素晴らしい光景です。

最後に、この仕組みを創ることができたポイントをお伝えさせてください。それは、携わった全プレイヤーが、自分の利益のためではなく「この人が幸せに生きるためには」の1点を考え、互いの知恵や機能を注ぎ込んだからです。私はこの活動で出会った人々から、改めて人の美しさ、尊さを教えられました。この方々の姿から、今後きっと、日本は幸せに老いることができる社会、人々が希望を持ち続けられる社会になるであろうことを確信しています。 このような素晴らしいものが産まれましたので、これからはこれを同じように悩みを持つ全国の都市に伝えていきます。しばらく、地域の患者さんの顔を見ることができないのは一人の医師として寂しくもありますが、志を共にする仲間が、充分に担ってくれることでしょう。

本日は誠にありがとうございました。

 


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