門田瑠衣子インタビュー


現地に根差した国際協力の道へ

門田さんは、国際協力をやりたくて、国際関係を大学院で学び、将来は、国連職員を普通に目指していた。2005年のケニアでの病院の手伝いをするボランティア経験が、門田さんに大きな衝動をもたらし人生の転機となった。4割近い高いHIV羅感率の国ケニアでは、HIVが大きな社会問題となっており、ケニア人のボランティアが、自分自身の仕事が無い状況でも、自らHIVの人々に現場で直接貢献している姿に大きな衝動を覚えた。ボランティアを終えて帰国した門田さんは、この衝動が心に深く残り、またケニア人のボランティアにどうしても会いたくなって4カ月後にケニアに舞い戻る。そこでHIV孤児の孤児院を訪れ、自分が何かここに貢献しなくてはならないという強い使命感に包まれた。自分が目指す国際協力は、国連職員といった大きな組織からではなく、現地に入りこんで直接貢献することだ、とこのとき確信した。

エイズ孤児支援NGO・PLASを立ち上げ代表幹事に

この強烈な啓示をもって帰国後、エイズとエイズ孤児について話す会(NGO)に参加して、体験を語り合うと、そこで息投合した7人とともに翌月(2005年12月)には、エイズ孤児支援NGO・PLASを立ち上げてしまった。門田さんは、事務局長を務めながら保険の営業職をこなし(3カ月売りまくって次の3カ月はケニアへ飛ぶというバイタリティあふれる1年)、そしてアフリカ研究の大学院に勤めながらNGO活動を続けてきたが、2008年には、全ての時間をNGOの注ぐ代表幹事となった

現地リーダーを啓発し社会システムの改革をめざす

活動を続けてきて、うれしいことは、現地の地域リーダーのメンバーが、「エイズ孤児支援NGO・PLASは、モノやカネをくれるNGOじゃない。自分達と共に働いて地域を変えていくNGO。

彼らと共に働いて、自分達自身が変わっていかなくてはならない」と確信をもって語っている姿を目にすること。門田さんが目指す国際協力の本来の姿がそこにある。この活動を成功させていくためには、現地のリーダーが、HIV孤児を支援していくことの社会的な必要性・正当性に啓発され、自ら確信を持って進めていくことが不可欠。現地ではHIVは天罰であり、その子供を支援するなど必要ないこと、といった通念もあり、地域からこの活動を排除するような政治的な動きが障害になることも多い。この通念を壊して、支援を進めていく現地のリーダーを増やしていくことが、この活動を拡げていく核心と門田さんは語った。障害となる行動に阻まれても、その行動をとる人自身が悪いのではなく社会システムが悪いと理解して乗り越え、社会システムそのものの進化を導こうという強いモチベーションがある。支援の内容は、HIV孤児の保護、サポートを直接的に進めつつ、さらにエイズ予防教育を通じて彼らが生まれる悪循環を断つところへも活動を展開している。HIV孤児に対する教育の場の支援も進めており、彼らが真剣に勉強している姿をみるのが、嬉しい瞬間でもある

将来にむけて

将来は、アフリカのみならず、ロシア、インド、東アジアと言ったHIV問題が社会化しているところまで拡げていきたい。事業モデルとしても、現在のボランティア参加者の参加費に大きく依存する事業モデルから、この活動に共感する支援者からの寄附に基づく社会活動として支援していく社会モデルへの進化を目指している

本人は究極の楽観主義。衝動に駆られると失敗を恐れずチャレンジをしていく突き進む性格。失敗してもいいけど、できるだけ傷は最小限にしようと努力、、、こつこつと積み重ねていく。 人と話すこと、特に、違った分野・考え方の人々と話すことがなによりも楽しみ

インタビューアー:和氣 忠


門田 瑠衣子

エイズ孤児支援NGO・PLAS 代表理事


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