2010年11月21日

By 菊池信孝

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多文化共生社会を描くのは誰か?

第3回相互支援会を終えて7日、言葉では伝わらない「多文化共生社会」のビビットなイメージをどう表現するのか模索する日々。今週は、在日インドネシア人サポーターとの対話・日本アレルギー協会の関西事務長との対話・大学のゲストスピーカーとしてビジネス界の方々へのプレゼンと対話・伴奏者である山本さんとの対話・APECプロジェクトのチームメンバーである大川印刷の大川社長との対話・そして多文化共生センター代表理事の田村さんとの対話と、とりあえず走りながら考えてみた。

そのなかで沢山の応援やアドバイス、期待の声をいただき、また日本政府の移民施策のフロントドアとサイドドア、人口減高齢化社会に突入している日本社会における移民の真の役割などを改めて教えていただいた。体系的に多文化共生の必要性を自分でも再認識できたと同時に、一方であることに気づいた。

新卒採用で外国人が半分を超える日本企業が出てきているものの、本当に優秀な外国人にとって日本はもう魅了的ではない今、「外国」がそう遠くない私と同世代の日本人(特にこれからの日本社会でリーダーシップを発揮するような若者)が今後の日本社会を冷静に判断したら、当然の選択肢として墜落気味の日本ではなく、海外に仕事&生活を求めるのではないか。事実、わたしの大学の同級生は海外勤務や移住も多い。

それが「いけない」なんて思わないけれど、もし日本でもできることがある、日本でしか出来ないことがあるのに「外国の魅力」だけを見てしまっている同世代が増えているなら、それは私も含めて「多文化共生」に関しては、政治も企業も市民も、魅力的な日本の多文化共生像が描けていないのではないか。すくなくとも私の第3回相互支援会でのプレゼンを振り返ってみても「日本にはこんな問題&課題がある→だからこんな対策が必要」というネガティブアプローチしかできていない。

まだ誰もビビットに表現できていないポジティブな日本の多文化共生社会を、自分は描ききることが出来るのか。まだまだ模索の日々がつづきそうです。