志の実現に向けて

武藤真祐氏 | 小野寺美厚氏 | 川添高志氏 | 志村季世恵氏 | 岡田吉弘氏| 菊池信孝氏

武藤 真祐氏  (医療法人社団鉄祐会祐ホームクリニック 理事長・院長、高齢先進国モデル構想会議 理事長、東京)

公志園の後、粛々と都市部高齢者の生活を支援する包括的サービスの構築にまい進していました。
そんな最中に起きた、3月の東日本大震災。
当初はまず、自分たちの役割を果たすべく、医薬品や栄養品等が品薄となる中、 患者さんと協力し、震災後の1月を乗り切りました。

そうして4月。
元々高齢化率20%台であった宮城県石巻市の避難所の高齢化率が47%になったと聞き、被災地では、これから日本がゆっくりと時間をかけて直面するとされていた超高齢社会の課題が、一気に浮き彫りになっていることを感じました。
そして、各避難所から自立困難な高齢者が集められた介護福祉避難所で生活する100人以上の姿を見て、心が痛みました。

「我々に何ができるだろうか」

現地の避難所関係者の方々、レスキュー医師団の方々、現地医師会を始めとした医療関係者に話を聞き、 私たちの出した結論は、石巻での「在宅医療による地域医療復興事業」の立ち上げ。一時的な支援の時期を過ぎた今求められる「現地復興」を目指し、2011年9月の事業開始に向けて、現在、準備を進めています。
詳細はこちらをご覧ください

今回の大震災による目を覆うばかりの惨状を眼前に、自分のやるべきことを見いだし、行動に踏み切ることができたのは、公志園のプロセスを通じて、「本当にしたいことは何か」「何をすべきなのか」を、苦しい程に考え抜き、それを言語化して多くの人に伝えていく中で、自分の内なる声、本当の志を確信することができたからだと感じています。

また、公志園で出会った様々な方々には、その後も、多くのご縁を頂いています。伴走者の木村さん、金山さんには、その後も機会や場の提供、人の御紹介等「御支援いただいている」というよりも深く「御一緒に活動させていただいている」と思うほどに、多大なお力添えを頂いています。実行委員の方々とも、個別に御面談させていただくという貴重な機会をいただく中で、本当に多くの励ましと御指導をいただきました。そしてまた、さらなる機会の提供をいただいています。そんな、人と人との繋がりが新たな活動を産み、また私自身も多くの方々の応援に、励まされ、奮い立たされ、さらに新たな活動への一歩を踏み出すことができているように思います。 公志園との出会いに、心から感謝をいたします。

・祐ホームクリニック: http://www.you-homeclinic.or.jp/

 

小野寺 美厚氏  (NPO法人ネットワークオレンジ 代表理事、宮城)

onodera公志園でひたすら自問自答した、自分の実現したい未来「夢と希望あふれる社会」― 震災が、その気持ちを一層強くしました。
震災後、メディアに取り上げられる機会が増えましたが、ネットワークオレンジの小野寺を見てほしいというより、自分を通して気仙沼を知ってほしい、という気持ちが強くあります。気仙沼の注目度が高まることで、気仙沼に元気を取り戻したいのです。
現在は、志を同じくする市民の仲間たちと共に、行政(気仙沼市)や、気仙沼のメイン産業である水産業の皆さんと協力して、気仙沼復興の活動に力を注いでいます。

公志園での多くの方々との出会いが、自分にとってはとても大きな財産になりました。
これまであまりお付き合いのなかった全国のビジネス界の方々に相談にのっていただき、特に伴走者の方からは、これまで気仙沼の中という限られた視野しかなかった自分に、より広い視点、高い視座で、アドバイスをいただきました。
また、震災以降、伴走者や出場者の仲間たち、実行委員の方までもが、気仙沼に来て下さいました。全国各地の、大変多くの方から物資や寄付、そして応援のメッセージを頂きました。心から感謝しています。
公志園で会った方々との縁が、復興に立ち向かう大きな原動力となっています。

・ネットワークオレンジ: http://blog.canpan.info/orange-orange/
・気仙沼みらい創造塾: http://blog.canpan.info/kms/

 

川添 高志氏  (NPO法人ケアプロ 代表取締役、東京)

公志園で出会った方々との縁で、様々な支援をいただいています。 伴走者とは、定期的に連絡を取り合い、引き続きメンターとして事業計画などの相談にのってくれ、心の支えになってもらっています。 決勝大会への参加者からは、励ましのレターを頂き、その縁で、パーキングエリア、サービスエリアでのワンコイン検診イベントを行うことができました。 公志園で知り合った会社員の方は、毎日の通勤で、バスに乗る代りに歩くことでバス代を浮かせ、貯めたお金を寄付して下さいました。そのお金は、東北の震災で避難所でのチャリティー健診に活用させていただきました。

全国大会終了後の新たな挑戦として、3月から看護師を被災地に派遣して、避難所での救護や健康管理、メンタルケアを行い続けています。自身も2週間に一度は訪れ、避難所の健康診断を行っています。 避難所を出て仮設住宅に住む人が増える一方で、医療機関も医師の数も減少しています。 そこで、現地看護師の方と共に持続可能な形で被災地支援を行おうと、7月を目処に、医療活動と現地雇用を目的とした、在宅医療機関を立ちあげることになりました。公志園で知り合った仲間の一人、武藤さんとも協力して準備を進めています。

公志園では、全国大会の相互支援会の度に、志のプレゼンテーションを行い、オーディエンスの皆さんから「志、生き様がどれぐらいビビッドに感じられたか」「取り組んでいる課題がどれぐらい重要だと伝わったか」を記載する“フィードバックシート”をいただきました。自分は今でも、そのフィードバックシートを常に意識して発言し、行動するようにしています。自分のミッションをできるだけ多くの人の心に伝えたい、という気持ちからです。その結果として、志への共感者が増え、活動への協力者が増えてきているように思います。

・ケアプロ: http://carepro.co.jp/

 

志村 季世恵氏  (NPO法人ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン 理事、東京)

公志園をきっかけに、その後の活動に様々な変化が起こっています。

まず、ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)の活動をより広く知ってもらうことができました。公志園で知ったという人が家族と訪問、その後勤務先の企業の研修で使えないかと問い合わせを下さったり、全国から常設を検討する問い合わせを頂いたり、各媒体から取材も多数受けました。 また、以前からDIDをご存じだった方も、公志園の場でDIDの活動への理解を深め、より積極的な応援をしていただいています。実行委員を初め強力な応援団が結成されつつあります。

注目度が上がったことで、アテンドの意識も高まりました。自己成長のためにと、企業で働いている方や定年された方からもアテンドの申し出を頂くなど、アテンドの幅も広がりました。アテンドのご両親のDIDに対する信頼感も増したようです。

震災以降、企業や家庭内での信頼関係の大切さが再認識されている中、以前より構想していた、緊急時を想定した「エマージェンシー・ワークショップ」を開催しました。同じビル内で働く人たちのコミュニティの創出や、消防関係者の救助活動におけるコミュニケーション向上の一助となったほか、東北の震災者も参加し、非常時の再体験を通して心のケアを行うことができました。

12年間一途に走ってきたDIDですが、これまで私たちは、DIDをより多くの方に体験して頂くことに重点をおいて活動してきました。DIDを継続的なものにするためにも、今後は、DIDの質の向上を目指したいと考え、行動科学や脳科学的な側面から、暗闇における人の行動について研究する、研究所の創設を検討しています。

いま振り返ると公志園という場は、今後の活動のための礎を創る、大きな節目となりました。公志園後に起こった変化は、一見関係ないように見える事象も、全ては、この礎に繋がっているのだと思っています。

最後になりますが、公志園で得られたなによりのものは、仲間達との関わりと協力です。伴走者の片岡さん、浜田さんには、深く、温かい、知恵あるサポートを頂いています。そして、かけがえのない仲間と出会い、お互いの頑張りを応援し支え合う関係がきていることーそれが、ダイアログの推進力となっています。

・ダイアログ・イン・ザ・ダーク: http://www.dialoginthedark.com/

 

岡田 吉弘氏  (備後いぐさの未来をつくる会 幹事、広島)

okada公志園のプロセスを通じて模索し導き出した「備後いぐさの未来をつくる会」というコンセプトが、その後の活動の”核”となっています。ありがたいことに、公志園の決勝大会後、応援団が増え、その核は徐々に大きくなっています。

公志園での、自らに問いかけ考え抜くプロセスを経て、「いぐさを守りたい」という強い想いを、自らの言葉で伝えることができるようになりました。その結果、行政やメディア等をはじめ様々な方々が、自分の訴えに耳を傾け、活動に対する共感と理解をいただけるようになったと、実感しています。

5月末には、国土交通省より備後いぐさの染土をリノベーションする補助事業を“フロンティア事業”として認定頂き、農業生産法人にて1名の雇用増に貢献をしました。また、広島県や地元福山市の行政も、備後いぐさの未来をつくるために積極的に知恵を出して頂いている所です。

一方、福島県でパン製造・販売の会社を営むパートナーの大橋さんは、見えない敵と格闘しています。そんな大橋さんと相談し、南相馬市、広島の笠岡市の支援の下、地元企業、学校、市民の皆さんの協力を得て、笠岡市の特産品であるひまわり100万本を育て、放射線除去効果があるといわれるその種を、農地改良のために活用するプロジェクトを検討しています。
夏頃にはさらに具体的な活動が始まりそうです。
活動と支援の、着実な輪の広がりと、胎動を感じている今日この頃です。

ところで、備後いぐさの田んぼで草取りをしていたら、卵を発見しました。 私達は良質な地下水を活用して備後いぐさを育てています。
その環境が気に入ってか、白鷺に似たような鳥がいたのでそれかも?
それにしても見事に備後いぐさを上手に活用して「100%備後いぐさの巣」を作っています。
備後で育てたいぐさを備後で織った畳表「備後表」の伝統を守る、という私達のコンセプトと一緒ですので、無事に卵から雛がかえるまで半径3m以内は立ち入り禁止にしました。

・備後いぐさリノベーションプロジェクト:http://www.agri-in.co.jp/modules/contents/index.php?cat_id=12

 

菊池 信孝氏  (NPO法人インターナショクナル 代表理事、大阪)

公志園後の活動の変化
・伴走者との出会いから
コミュニケーションの専門家(藤井久さん)・経営戦略の専門家(太田直樹さん)・まなびの専門家(山本新さん)の3伴走者の皆さんに定期的に時間をいただき、引き続きメンタリングを行っていただいています。伴走者のみなさんとの対話を通して、自分自身と事業全体を客観的な視点から見つめ直すことができ、また社会に即したニーズに合うように新しい発想や方向修正、アドバイスをたくさん頂戴しています。

・支援者との出会いから
公志園終了後、あらたに活動をサポートいただいている支援者も含め、団体関係者への「なぜ応援してくれているのですか?」という動機のヒアリングを進めています。そこからは、私自身(菊池)が思っている以上に、当団体ミッションや目指す未来への共感や、当団体らしさへの共感があることが分かり、このプロセスから私自身が団体の存在意義を再確認し、より自信をもって活動できるよう変化しました。

?全国大会終了後の新たな挑戦、現在、特に力を入れている活動
?・食材ピクトグラムの普及
おいしい笑顔の共通言語となることを目指し「食材ピクトグラム」の提案・営業を本格的に始動。公志園で出逢った方々との率直な意見交換や、普及のためのアドバイスを頂戴しながら普及を進めています。また、ビジネスモデルについても試行錯誤をしながら、よりよいカタチを模索しています。

・個人支援者&共感者からの寄付募集
事業の継続につながる重要な事として、これまで積極的に取組んでこなかった個人支援者からのファンドレイズ(会員・寄付)拡大に着手。既存の支援者への支援動機ヒアリングからはじまり、抽象的だった寄付目的の具体化と成果報告方法の検討、および寄付募集のための方法確立に向けてうごいています。

出場者本人とパートナーの近況?
・本人(菊池信孝)
これまで1人で担当してきた「つくる」「ひろげる」(食材ピクトグラムの開発と普及)「まなぶ」(食と多文化共生についての啓発)の3事業について、今年度より職員となった橋本と役割分担を明確化。その結果「まなぶ」の拡充を図るとともに、新たに「ささえる」(支援者・共感者の拡大)について積極的に取組みはじめています。
・パートナー(橋本理恵)
2011年4月、それまで勤務していた広告代理店を退社し、インターナショクナル事務局長として専従スタッフに。民間企業で勤めていた経験を活かし「ひろげる」を主に担当し、食材ピクトグラムの提案・営業を積極的に実施。また食規制のある外国人とのコミュニケーションを図り、エンドユーザーとの対話を大切にしています。

・インターナショクナル:http://www.i-nsl.org